合格者メッセージ

東医進の寮生活は、医師としての素地まで形成してくれたと思います。

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愛知医科大学病院 山口 大輔さん
メンタルクリニックの院長を務める父親の姿を見て育ち、ごく自然な成り行きで自らも精神科医を志す。東医進のメリットを「少人数制と全寮制に尽きる」と語り、東医進時代は常にトップクラスの成績を修めていた。愛知医科大学医学部を経て、現在は同大病院の臨床研修医。理想の医師像は父親であり、「オンとオフの切り替えがうまい父親のようなプロフェッショナルになりたい」と話す。

学力だけでなく、医師にとって重要な高い自己管理能力も身につく。

浪人をネガティブなイメージで捉えている人も多いと思いますが、私に限って言えば、東医進での1年間の浪人生活は良い思い出として記憶に残っています。ある意味では、現在の私を形作る基礎になったと言えるかもしれません。

振り返ってみて感じる東医進の優れた点は、やはり少人数制であること。各クラスの生徒数が少ないため周囲の受験生が「不特定多数の誰か」にならず、志を同じくする仲間として切磋琢磨し合えるのです。各々の顔が見えやすくなることで競争心も芽生えますし、時に励まし合ったり情報交換し合ったりすることで、浪人生が抱きがちな孤独感に苛まれることもありませんでした。

また全寮制を利用できることも大きなメリットの一つ。全寮制を敷く予備校は少なくないものの、実際には教室と寮が離れていて通学を余儀なくされるケースがほとんどです。その点、東医進は校舎に寮が併設されているため通学の必要がありませんし、そのぶん先生方との距離も近くなるので、より手厚い指導が受けられます。しかも寮生向けに夜間指導も用意されており、終日、勉強に専念することができるのです。だからといって監獄のような雰囲気は微塵もなく、夕方、多摩川べりを散歩したり、日曜には新宿に出かけて買い物したり、気分転換も図れました。

そうした環境にいると気が緩むものですが、東医進では毎週のように小テストが実施されるため、否応なくその時点での自分の成績や到達レベルを確認させられます。予習・復習を疎かにするとすぐ成績に跳ね返るため、勉強以外の時間も充実させるには己を律して生活にメリハリをつけなければなりません。そのおかげか、寮生活の中で高い自己管理能力を身につけることができました。

合格の極意は苦手科目の克服。少人数制のメリットを活かすべし!

医学部受験の経験から感じたのは、合格への近道は「苦手科目をなくすことにある」ということです。苦手科目を克服する最善の方法は、不明点や疑問点を先生方に直接質問して指導を仰ぐことで、それには少人数制が最適です。そのうえでより効率的に勉強を進めていくことを考えると、やはり近くに教室があることが望ましいでしょう。東医進にはそのすべてが揃っており、医系学部の受験を考えている人にとって最高の環境であることは間違いありません。

先生方の熱心なサポートのおかげで愛知医科大学に合格し、その後の医師国家試験も突破。現在、同大学病院の研修医として多忙な毎日を送っています。これまでの道のりは平坦ではありませんでしたが、受験さえ乗り越えれば道は自ずと開かれるというのが私の印象です。私にとっては、入学後の勉強や医師国家試験よりも医学部受験のほうがはるかに難関でした。だから、東医進で頑張ればその努力はきっと報われます。また私の場合、浪人という一種の挫折を経験したことで人間的にも成長できたように思っています。その経験は今後の診療で役立つはず。それがまもなく医師になる私の実感です。

東医進には受験生に必要なすべての要素が、高いレベルで整っています。

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東邦大学医学部 安里 瞳 さん
父親が眼科を開業していることから、小さい頃から医者に憧れを抱いていた。医者になったら患者の病気だけでなく、心までケアできるようになりたいと話す。現在は大学でESSに所属し、英語力に磨きをかける傍ら、料理教室にも通い大好きなパンづくりも楽しんでいる。将来の夢は、現在研修医である兄とともに実家の眼科を継ぎ、父をサポートすること。

一人暮らしの心配を払拭してくれた寮施設

私の場合、まず受験に際して大きな問題がありました。それは実家がある沖縄から、医学部受験に関する情報の多い東京へ出なくてはならなかったということです。しかも一人暮らしの経験がなく、女の子ということもあって親にはとても心配されました。ですから予備校選びはとても慎重になりました。いろいろな予備校の資料を取り寄せ検討しましたが、結局、親と一緒に選んだのが東医進の全寮制。その理由は、教室と寮が同じ施設内にあり、しかも寮監さんと寮母さんのご夫妻も同じ施設内に住んでいるという点。これなら通学などのムダな時間がないうえ、東京の「親」とも呼べる寮監さんと寮母さんの存在が有難く思えたからです。私が入寮したのは多摩川校ですが、1階が教室、2階が女子生徒の部屋、3階が男子生徒の部屋と各階ごとに分かれていて、施設もきれい。各部屋にはバス、キッチンも完備され、落ち着いて受験勉強も生活もできそうな気がしました。食事は3食とも寮監さんと寮母さんによる手作りですから、健康面での心配もなく「ここですぐに受験勉強を始めよう!」という気になれたのです。

生徒の適性を見抜いた指導と独自のカリキュラム

東医進では先生がオリジナルのサブテキストなどを作ってくれましたが、それがとてもユニークなのです。例えば、有名医大の受験問題を100問選び、難易度順に並べ、すべてをクリアしたら合格レベルに達するというものがありました。その問題集を使って、時には生徒を2つのチームに分けてゲーム感覚で競わせるように解答させたりと、授業そのものがとても楽しかったことを覚えています。不得意科目では授業に対する集中力が落ちたりすることがありますが、この好奇心と興味を抱かせるような工夫で、私は最後まで苦手の数学に対するやる気を失うことなく、勉強することができました。

年が明けて受験が近づくにつれ、受験生は弱点をラストスパートで強化しようという気持ちになります。そんな時に大変役立ったのが直前講習でした。この講習には受験前の2週間程度が費やされますが、不得意科目を自由に選択して強化授業が受けられるシステムになっています。しかも先生方はこの時期、生徒一人ひとりの心理状態や実力を十分に把握してくれていますから、授業内容もアドバイスも実に適切です。とにかくこの講習を経て、私は自信を持って受験本番に臨むことができました。

医学部に合格するには、生活習慣の問題や勉強スタイルなど、直面する問題はたくさんあります。そのためには予備校そのものの雰囲気、また、先生や友人との出会い、さらに効率的なテキストや授業など、受験生の心理と学力に影響を及ぼすあらゆるものにベストを求めることが必要となるでしょう。そう考えると、東医進にはそのすべてが高いレベルで整っていると確信しています。

素晴らしい講師と友人に巡り合えた東医進での日々は、私の人生にとっても貴重な時間。

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東京慈恵会医科大学医学部 松田 祐奈 さん
父親が心臓外科医、双子の姉も現役で医学部に進んだこともあり、自分も医学部への進学を果たしたいとの思いが強かったという。もともと子どもが好きということもあり、小児外科に興味があるとか。大学ではバレーボール部に所属し、週2回の練習と日曜日に行われる試合で汗を流す。また今後の患者さんとのコミュニケーションの役に立てばと、空いた時間に手話も習う。

【他大学合格実績】 愛知医科大学医学部 東京医科大学医学部

少人数制と個別授業が予備校選びの基準に

医学部に進もうと決意したのは、高校2年生のときです。その理由はやはり、父が外科医だったということが大きく影響していると思います。子どもの頃は、運動会に来てくれなかったり、家族で食事に出かけても「緊急の手術が入ったから」と、私たちを残し途中で席を立ってしまったりする父に、何度も悲しい思いをさせられました。それでもその仕事を理解するにつれ、私もいつか父のような医師になりたいと考えるようになっていました。

それだけに、高校2年生のときにはすでに大手予備校にも通い始めてはいたのですが、当時を振り返ると、あまり勉強に身が入っていなかったと思います。せっかく通っていた予備校も、大人数による受け身の授業でしたから、自分の弱点を正確に把握することができず、何をどう勉強すればいいのか、よく分からなかったというのが事実でした。

ですから1年間の浪人生活を送るにあたっては、通う予備校も少人数制であること、特に苦手な数学で個別授業が受けられること、この2点が私にとっては欠かせない条件となりました。そうした点で、東医進はまさに私の理想に適った予備校でした。

大の苦手だった数学も講師の細かな心配りで克服

個々の能力に応じて授業を進めてくれるばかりでなく、要所要所で生徒の質問や発言を促す先生たちの教え方はとても新鮮で、そして楽しいものでした。私は数学に手を焼いていたわけですが、授業では先生が周りのみんなに気づかれぬよう、私にだけこっそりとヒントを教えてくれるなど、常に心を配ってくれました。おかげで私は数学に対する苦手意識を払拭することができただけでなく、少しずつ自信が持てるようになりました。

個別指導の先生にはとりわけお世話になりました。授業のときには「あなたは、やればできる人なのだから」と常に励ましてもらい、私と同じような悩みを持っていた先輩たちの勉強法など、いろいろと教えてもらいました。苦手な小問200題について、解けた問題はそこで終了。解けなかった問題については繰り返し取り組み、200という小問の数をゼロにしていくという勉強法などは、私の数学における基礎を築いてくれたと思います。

受験シーズン序盤において、私は立て続けに2校、不合格となりました。このときばかりはすっかり自信を失い、直後に予定されていた3校目の受験を辞めようかと考えたこともありました。しかし試験当日の朝、ある先生から「最後まで諦めずに、頑張りなさい」と励ましの言葉をもらいました。私はこの言葉を言わばお守り代わりに受験に臨み、休み時間となる度にその言葉を思い返して、自分を鼓舞し続けました。結果としてこの試験を契機に、私の受験も合格へと近づいていったように思います。

北島康介選手の言葉を友人たちとともに胸に刻む

大学受験においては、お互いに励まし合える仲間がいたことも、私の大きな支えとなりました。ある日、空いた教室で友人たちと受験の不安を語り合っていたときでした。その中の一人が突然、その年の夏のオリンピックで金メダルを獲った北島康介選手の言葉を板書したのです。「雑音を振り払い自分の納得するように努力するだけ」。まさに青春の一コマといったシーンですが(笑)、このときそこにいた誰もが、この言葉を深く胸に刻みました。

東医進は少人数制だけに、強い仲間意識が生まれます。そこで得た友人たちと、こうした時間が共有できたことは、今となってみればかけがえのない思い出となっています。

大学受験は、現役で合格できることに越したことはないと思います。けれども私は東医進において、一人ひとりをしっかり見てくれる素晴らしい先生たちと巡り会えたこと、そしてお互いに医師となって以降も交流を続けていきたいと思える友人たちと巡り会えたことに、今はとても感謝しています。東医進での1年間は、これからの長い人生においても活きるとても貴重な時間だったと、私は素直にそう感じています。

「このままだと、また落ちるよ」。校舎長の厳しい言葉があったから、最後まで気を抜かずに頑張れた。

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杏林大学医学部 佐藤 毅昂 さん
子どもの頃、病弱だったこともあって、医師たちに世話になることが多かったとか。だから今は、そうした先生たちと同じ小児科に進みたいと考えている。医学部に合格することは大変なことだし、医師になることはもっと大変だろう。けれども努力せずとも活躍できるのは一部の人だけ。大半の人が努力を重ねて医師になっている以上、誰にも平等にチャンスがあるはずだと彼は言う。

【他大学合格実績】 愛知医科大学医学部

寮生活なくしては合格は果たせなかった

高校3年生のとき、周囲の勧めもあって冬合宿に参加したことが、東医進との初めての出会いでした。もともと勉強をあまりしていなかった私が、この合宿では真剣に勉強に打ち込めたこと。そして何よりも先生たちのわかりやすい授業を通じて、「ここでしっかりと勉強すれば、きっと合格できるはずだ」と思えたことが、その後の浪人生活において東医進を選ぶ理由となりました。

そして、私の東医進での日々が始まったのです。地方出身者である私にとっては、知らない土地での寮生活でした。しかし今思うと、この寮生活なくしては私の合格はなかったと思います。

寮では同じ目的に向かって頑張る仲間たちと生活をともにするため、みんなが頑張っている様子が毎日ひしひしと伝わってきて、「自分も頑張らなければ」という思いにさせられます。同時に日曜日など、先生がいない時間帯には仲間同士、お互いに分からない部分を教え合うことができます。その結果、教える側は再確認を通じて理解を深めることができるし、教えられる側は疑問をできるだけ残さないというスタイルで勉強ができるので、お互いの学力向上に大いに役立ちました。

先生は生徒一人ひとりを本当によくみてくれている

この寮生活では、校舎長の菅先生から投げかけられた言葉が忘れられません。「佐藤君、みんなに追いつかれているよ。このままだと去年と一緒で落ちるよ」。11月初めの頃に言われた言葉ですが、この厳しいひと言があったからこそ、受験直前の追い込みの時期にラストスパートをかけることができました。先生たちは本当に、生徒一人ひとりをよくみてくれているのだと、うれしく思いました。

私は寮生活を通じて、副島君という良き友を得ることができました。彼とは学力レベルが同じだったこともあり、互いに叱咤激励しながら頑張ることができました。彼は東京医科大学、私は杏林大学と、進学した大学こそ違いますが、ともにラグビー部に所属。いつか関東医歯薬1部リーグで相まみえることを、今は2人とも楽しみにしています。